2013年

8月

14日

牡鹿半島 訪問 その1 海沿いを巡る

8/8、福岡に東京から飛行機で戻ってきました。太陽村メンバー、えりこです。

福岡暑い!! 牡鹿の潮風が恋しいです…

 

今回は、震災被災地、牡鹿半島への旅をレポートさせて頂きます。

 

◆牡鹿半島と被害

 

牡鹿半島宮城県北東部、太平洋に向かって南東に突きだした半島で、元来 捕鯨、カキ・ホタテ・ホヤ・わかめの養殖といった、漁業が盛んな地域です。

 

リアス式海岸のこの半島は、2011年の大地震で半島が東南東に約5.3m移動し、1.2m沈下。津波の被害も甚大なものでした。

 

大地震3日後の3/14、警察は牡鹿半島で1000体前後の遺体が見つかったと発表。死者・行方不明者は4500を超えました。(調べていて絶句しました…

 

現在私たち太陽村は 福岡からでもできる復興支援として、この地域の女性が手で編む おさかなエコたわしの販売のお手伝いをさせて頂いています。

 

1300円、洗剤いらずで食器が洗える、優れものなんですよ!

(もちろん代金は全額生産者の方々へ行きます。)

 

◆現地 遠藤さんのご厚意

 

今回由あって旅行の計画を立てていて、復興の状況はよくわからないけど、行ける所まで行ってみよう、と思っていました。

 

ぜひ牡鹿半島を訪ねてみたいと思っている旨を おさかなたわしの責任者、遠藤さんにお伝えすると、見ず知らずの私に「ぜひうちに泊まってください」と申し出てくださいました。

 

地元の人の生活を知るこんないいチャンスを逃すわけにはいきません。

私の辞書の「遠慮」という文字はほとんど消えかかっており、喜んで甘えさせて頂きました。

私も、遠藤さんが女性であること以外、何も知りません。ドキドキ。

石巻駅
石巻駅

 

◆まず石巻駅へ

 

私と連れが自力で行けるのは、石巻駅まで。

前日に仙台市まで行き(ちょうど七夕祭りでした)、

仙台市から石巻駅まで高速バスで約1時間半。

 

遠藤さんが石巻駅まで車で向かえに来てくださいました。

ここから先は、車がないと動けないのです。

 

 

石巻市街も被害を受けていたとのことで、どうなのかしら、と思っていましたが、想像したよりは建物など街並みは残っていて、人も行き交っていました。

田舎のアーケード街、という感じです。(うちの地元と似たような…)

 

が、やはりところどころ、被害のためうち捨てられた建物もありました。

被害を受けて壊れた部分を実際に見るのは、やはり胸が詰まりました。

何十年ぶりにモモレンジャー
何十年ぶりにモモレンジャー

 

しかし同時に、近くに石ノ森曼画館があるので、道のあちこちにサイボーグ007、仮面ライダー、ロボコン、ゴレンジャーなどの人形や石像が立っている!ひとりでコーフンしてしまいました!


だって私、幼稚園の頃はモモレンジャーだったんですもん!

 
それを目当てに来ている観光客もちらほら見かけ、復興の一旦を担っている事を伺わせます。ハイ、萌えます。

左が遠藤さん
左が遠藤さん

◆遠藤さんとご対面!

 

萌えながら 胸詰まりながら、駅前で遠藤さんの乗った車を発見!
中から出てこられた遠藤さんは、ニコニコ笑顔のさわやかなおばちゃん、いや、マダム、女性でした☆

 

あぁ~~ 見るからにいい人そう! よかった~~!

 

明るい遠藤さんの車に乗せて頂き、早速牡鹿半島へ。
遠藤さん宅がある十八成(くぐなり)までは小一時間かかるそうです。
往復2時間じゃあないですか! 本当にありがとうございます!

建物がなくなった空地に草が茂る
建物がなくなった空地に草が茂る

 

海岸を通って、いろいろ説明して頂きながら、お宅へ向かいます。

道中、観光客と見受ける人たちも見かけます。

 

観光客への思い

 

「あの~、こうやって観光で来て、なんというか地元の人の暮らしに踏み込むような気もして、気が引ける部分があるんですが、人がこうやって(見に)来る事って、どういう風に感じてらっしゃいますか?」

 

「うん、やっぱり最初はね、余裕が全然ないから、何しに来るのよ、キーッ!って感じだったけど、今は逆に、どうぞ見てください、こんな風なんです、って思ってるわよ。」

 

ふむふむ、状況と共に、心境も変化してきたのですね。

 

◆復興作業の仕事と漁業の仕事

 

「ここは一面がれきがあったけど、だいぶ片付いたね。

 

あそこは建設会社が買い取って、作業員の仮宿を作ったの。人手が要るから、建設の作業員は時給が上がってすごいよ。

 

元々養殖とか漁業の家でも、お金がいるから男性はそういう仕事に行っちゃって、収穫とか本来の仕事の繁忙期なのに人出が足りなくて困るのよね…。」

 

確かに作業員をやると一時的にはお金が入るけど、長期的に見たら、本来の仕事が継続できなくて、よくないですよね…

 

しかし道中いろいろと説明して頂いて、遠藤さんのオープンな人柄に本当に助けられます。ありがたい。

 

◆災害直後はまず道路整備

 

がれきが残っている場所の近くを通ると、車の中にいるのに、うっすらヘドロの匂いがします。夏ですもんね。

 

「前はがれきがもっとあったから、すごく臭かったよ~!」

 

 

海岸沿いの大きな道の両脇、だだ広い一面建物がなくて、なんというか、跡地、って感じの場所を走ります。

 

「この辺はね、私も来れなかった。(←多分状態がひどくて。死体とかもあったのかもしれない。)

 

ここももうめちゃくちゃで、がれきもすごかったけどね~。災害の直後はね、まず道路を作るのね。ダーッと!そうしないと動きが全くとれないもんね。」

 

ひまわりの向こうが校庭、その向こうが壁を覆われた校舎
ひまわりの向こうが校庭、その向こうが壁を覆われた校舎

 

◆まだ残る心の傷

 

「ここは小学校で、皆屋上に避難して津波からは逃れたんだけど、直後に火が出て、皆さらに上の神社まで避難したのよ。

 

だから建物が燃えちゃって、見た目が怖いのよ。

 

今は学校の正面のグラウンドを中高生が使ってるんだけど、その怖い建物を見ると子供の心に影響があるから、こうやってカバーで覆って、建物が見えないようにしているの。」

 

フェンスには、「学生が使用時には写真撮影をお控えください」と表示してありました。

 

牡鹿半島 訪問 その2 へつづく~